第二章 〜はじまり〜

 

「・・・迎えに?」

「そう、迎えに。」

老婆はにっこり笑って言った。リョウの隣で、ノアも困惑を隠せない。

「・・・ばぁさん、新手の誘拐か?」

ノアは少しおどけた調子で言う。そう言いながら表情は強張っている。

一方リョウはそれ以上言葉を紡ぐことが出来なかった。老婆の言った言葉が頭の中をぐるぐると回る。

今、彼女は何と言っただろう・・・。僕はこのお婆さんの事を知らない。

でも彼女は僕を知っていて、迎えに来たと言っている。

 

困惑しているリョウに老婆は優しく微笑みゆっくりと言った。

「ずっと、ずっと捜していたよ。2年前のあの時から・・・。やっと、やっと見つけた。長かった。でも良かったよ、見つかって・・・。」

そう言って老婆はリョウの手を強く握った。暖かかった。

その時、それまで黙っていた村長が口を開いた。

「そうか・・・お前、2年前の事故の関係者だろう? そうだろう!?」

リョウは、はっとして彼の顔を見た。村長の顔には薄ら笑いが浮かんでいる。

2年前の事故・・・それはリョウの父が亡くなった遺跡での事故。

「くくく・・・そうか分かったぞ、お前あの事故の関係者じゃないのか? そんでその子供を引き取りにきた。犯罪者の子供をな! どうだ!? 違うか?」

村長は目を大きく見開き薄ら笑いを浮かべたまま凄い剣幕で声を上げる。

リョウの横でノアが「てめぇ!!」と村長に向かって大声をあげた。

どうしてそんな事を言うんだ・・。

あれは偶然が重なって出来た事故だ。

父さんは犯罪者じゃない・・!

リョウは声を上げたかった。

しかし、声が出ない。

今まで聞かなかった村長の本音が垣間見えてリョウはショックを受けていた。

手足がガタガタと震える。

聞きたくなかった。

 

少しの間沈黙が流れた。

老婆はふぅっと息を吐くと村長に目をやる。

「・・・何を言っているんだろうねぇ?この人は。私はただ、リョウを迎えに来ただけだよ。あぁ、あんた

村長だったねぇ? じゃぁ許可をおくれ。この子を連れていってもいいかい?」

老婆は特に動揺した様子もない。

ただ、相変わらずの穏やかな声で言った。

「おぉ! 連れていけ! こっちは厄介払いが出来て清々するよ!」

村長の罵声が聞こえる。その横でノアの抗議する声が聞こえる。

あぁ・・・やっぱり村長は僕の事をそう思っていたのか。

なんとなくは分かってた。でも目の前で言われるとキツイものがある・・・。

リョウは拳を小さく握り目を瞑った。

「おや、許可が出たね。じゃぁ、リョウ行こうか。時間がないからねぇ。」

!?

「えぇ!? あの、そんないきなり! 僕、まだ状況が全然!」

突然の老婆の言葉にリョウは焦って老婆を見る。

・・ということは村長がこう言うのも老婆は予想していたという事なのだろうか。

老婆はにっこりと笑い、こう続けた。

「ほほほ、ゆっくり理解すればいいさ。あんたは、家族はいないね? じゃぁお別れの必要もないか・・。

今はあんたをこの村から連れ出すのが最優先さ。追っ手も近い・・・いや、もう来ているからね。」

「・・・追っ手?」

問いただす前にリョウは光につつまれた。

「私は用事を少し、済ませてから行くからね。」

老婆はリョウにそう言ってウインクする。

そして次の瞬間リョウの姿は光の粒子のように消えてしまった。老婆はそれを見送るとにっこりと笑った。

部屋に中には呆然としたノアと村長、そして老婆の3人・・・・。

 

「心配しなさんな? リョウは大丈夫。私もすぐに行くからね。」

老婆は優しくノアに言った。ノアは呆然とさっきまでリョウがいた場所を見つめている。

リョウが消えた。

「あ、あんたは・・・一体。」

ノアの質問には答えず老婆は村長に向き直った。

「よかった・・・。間に合って。」

そう言って老婆は胸元から杖を取り出した。

とても古い木の杖だ。

何か小さな声で呪文を呟くとその杖を村長の額に押し当てた。

 

次の瞬間、村長の体からどす黒い煙の塊が飛び出した。

真っ黒なそれは村長の体から出るとふわふわと漂い始めた。

まるで逃げ場を探しているようだ。

ノアは思わず口元を押さえる。

老婆はその塊を手に掴むと、くしゃりと握りつぶした。彼女の手の中で何かが砕ける音がした。

「ふふふ・・私が気づかないとでも思ったかい?こっちにはキャリアがあるんでね。あんたの事なんざお見通しだよ。」

そして彼女はノアに向き直った。

「もう、大丈夫だよ。あんたのお父さんは元の優しいお父さんに戻ってる。こいつが取り付いていたんでね。」

「ま、まさか・・・追っ手って・・・。」

「2年間ずっと、リョウを捕らえる為に力を蓄えていたみたいだからねぇ、こいつは。あんたのお父さんに寄生してさ。」

「これって・・・何? どうして父さんが。寄生って・・・」

「それは人間が知ることじゃないよ。もうすぐ、目を覚ますから。よく看病してあげな。精神的にかなり疲れてるはずだから。まぁ、こいつはランクで言ったら下だから命には心配ないが。」

そう言うと老婆はにっこり笑った。

「おっと、リョウをそのままにしてはおけないね。私も行かなくては。」

そう言って老婆はノアに向かって軽く手を振った。

 

 

ノアは一人、2人がいた場所を見ていた。

いったい・・・何が起こっているんだろう。

2年前から、父さんの様子がおかしかったのは、あの黒い塊のせいなのか? 

争いってなんだろうか・・・・。

どうしてリョウは連れていかれたんだろうか。

あいつは、大丈夫なんだろうか・・・。

彼は何も分からなかった。

 

そしてそれは、リョウも同じだった・・・。

 

 

第二章     〜はじまり〜 Fin